いっしょに生きよう - 死にたいあなたへ

外界は内界を映し出す鏡だって言ってたよ自殺した彼も

1 名前:名無しさん:2010/05/06 17:00 ID:y/dJT6.ZK6 IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/01/30(土) 18:58:14 0
喜怒哀楽や不平不満等の感情の原因は100%それを感じる人の持つ固定観念にある。観念に強く執着すればそれだけ湧いてくる感情も強くなる
固定観念とは、個々人が持つ固着観念、既成概念、主観、評価基準、先入観、世界観、見識、信条、思想、哲学、イデオロギー、主義主張、思考パターン、思い込みなど、無意識的にせよその人が「これは正しい」「かくあるべし」等と認めている価値観、定義付けのことである
笑いや感動や驚愕も固定観念に依るが、自我が未発達な幼児期や先天的な脳障害によるもの、また摂食や性交等による肉体的快楽や脊髄反射等については、直接観念が作用しないので論外である

如何なる事象も最初から意味のあるものはない。ただ「起きている」だけである。見た人が各自の視点・観点から定義を与えて初めて、意味や価値が生じる。種々の形態の情報も、元を辿ればただの光の濃淡や空気振動等に過ぎない
貴方がたった今目にしているこの文面も、実態は単なる画面に映った黒白模様である。日本語という共通キーを手掛かりに、貴方が現在持っている固有のフィルタ・色眼鏡を通して解読し意味を判断している

読者が触れ得た情報をどう読み取ってどう活用するかは、完全にその読者の勝手自由である。例えそれが誰かに教わった考え方・見解であっても、読み手が他者に「強要」されることなく自由意思でそれを選んでいれば、その結果に対する責任は読み手自身にある
例えば貴方がある情報に接してどれほど憤りを覚えたとしても、それはあくまでも貴方の判断基準・尺度に照らして貴方自身が無意識的にせよ選んだ解釈の結果であって、その情報の発信者には「貴方の憤りに対する原因・責任」は全くない
ここで言う「強要」とは肉体に対して直接的物理的な実害が及ぶケースのみであり、暴言や誹謗中傷については、騒音となるもの以外「強要」に当たらない。例えそれが脅迫文でも、恐怖心を抱く事自体は読み手の勝手な所為、自業自得である
アーカイブ
2 名前:名無しさん:2010/05/06 17:01 ID:y/dJT6.ZK6 IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/01/30(土) 18:59:34 0
つまり人は本来(ネットやTV鑑賞等に於いては絶対に)自分の感情を他人のせいにはできない。怒りの矛先を少なくとも自分以外の誰かに向けるのは、筋も間も勘も気も思いも見当も御門も違う。
これに気付いていない人同士が互いに鏡となって矛盾を見せ合う行為が「争い」である
従って貴方が誰かに嫌悪感を抱いても、その原因は常に「貴方の持つ固定観念・定義付け」であって「相手」ではない。「生意気だから」「ムカツクから」等といういじめやその報復の言い訳も、全く言い訳にならないということである

そもそも何を見てどんな印象を抱きどう感じるかは個人の自由である。もし貴方がその自由に制限を与えようと(例えば相手に自分の理想を押しつけようと)するから、その瞬間に貴方も不自由(苛立ちなど)を感じる羽目になるのである(人を裁けば自らが裁かれる)
これが「貴方が与えたものを貴方が受け取る」という、この宇宙の仕組み(仏教で言う因果応報、物理学で言う作用反作用)である

逆に言えば、仮に貴方が意図せずに誰かを怒らせたり悲しませても、相手が自前の了見・価値基準で勝手に感じている事なので、貴方が後悔や自責の念を感じる必要は一切ない
相手が幾ら貴方に罪悪感や劣等感を感じるよう仕向けたとしても上述のように御門違いなので、何ら貴方が自己嫌悪に苛まれるべき理由にならない(これは無論、迷惑を掛けたり失敗しても反省や訂正や改善をしなくて良いという事ではない)

感情自己責任とはいえそれを表現すべきではないという事ではない。感情は自己表現の一つであり自他共に己を知らしむチャンスなので、寧ろ積極的に感じたままを間を置かずに表現すべきである
実際、感情を抑圧する者ほどそれを爆発させやすく、感情の自己責任が取れていない者ほど他者の表現の自由を制限したがる(自分が傷付かなくて済むように)

自称知識人の多くは自覚がないが、「何かを批判・非難する」ということはその対象に関して中途半端な知識しか持っていない証拠である(無知の無知)。これが、批判・非難が一時的表面的解決にしかならず、実態は益々隠蔽され問題が長期化する所以である
3 名前:名無しさん:2010/05/06 17:01 ID:y/dJT6.ZK6 IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/01/30(土) 19:00:15 0
感情に限らず人生で体験する全て(外界)は「体験者がどんな固定観念を持っているか(内界)」を映し出す“鏡”に過ぎない。従って感情的な批判や非難は全て自己矛盾する
例えば、極悪非道な犯罪者に対して「あんな思いやりのない人間がいるなんて信じられない」などと責め立てる人ほど、その罪人の立場を思いやれていないように
何かと差別問題化したがる偽善者の心の中にこそ根深い差別心があるのも同様。内部に矛盾がなければ外部に矛盾を見る事はできない

人は100%、当人が与えた定義付け通りを体験する。「人生は必ずしも思い通りにならない」と定義していれば、正にその通りの(必ずしも思い通りにならない)体験をする
従って、繰り返したくない体験に出会ったら「どんな固定観念がこの体験を見せているのか」「その固定観念は執着に値するのか」と考えてみると良い。原因となっている観念を変えれば、似たような体験をしなくなる(変えなければ似たような体験を繰り返す)
「体験が先で観念が後、という観念」も含めて、常に「観念が先で体験が後」である。常に本人の現時点の固定観念が、過去や環境を定義している

個々人のみならず集団・社会においても観念は具現化する。グループ全体が抱いている観念はそのグループ内で起こる出来事となって現れる。例えば貧困は人々の中にある「飢餓への恐怖」、犯罪は「自己存在の喪失に対する恐怖」が顕在化したものである

全ては必然であり、起こるべくして起こっている。偶然や奇跡、運不運、矛盾、不合理、理不尽、不条理などは、その現象・物事の因果や必然性を理解(説明)できない人が言い訳として用いる概念に過ぎない
同じように「闇」も存在しない。存在するのは「知覚能力の限界」である。同様に「客観」も存在しない。存在するのは「共有された主観」である
真実は「人の数だけ」ある。「真実は一つ」は、数ある真実の中の一つに過ぎない。だからいつの世も「唯一の真実」に拘る人だけが、争いを通して己の矛盾を体験する

以上は、どこかの馬の骨が短い生涯の間に知り得た狭い視野から捻り出した独断と偏見の賜物、即ち単なる個人的主観である。真か否かを判断するのは貴方自身であり、いずれにせよ貴方は貴方が信じた通りを体験する
4 名前:名無しさん:2010/05/08 21:23 ID:iepaNeaOg2 IP:121.111.231.17(ezweb)
何ですか、論文?共感できるケドどこからひっぱってきたんですか。
5 名前:名無しさん:2010/05/09 04:06 ID:W0./PrLW7o IP:114.151.67.55
考察としてはいいけど
生きるための考え方としてはどうかと思うな
6 名前:1:2010/05/09 16:36 ID:F7iaJpCd7A IP:124.146.68.232
>>4
2ch哲学板のとあるスレのコピペです。
書いたのは「観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA」さんです。

>>5
そうですか。

異論・反論・質問は他にも受け付けています。
↓の本スレでも質問できます。
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1273156931/
7 名前:名無しさん:2010/05/09 18:40 ID:W0./PrLW7o IP:114.151.67.55
異論、反論と言うより
だからどうした的な話
哲学としては興味深い題材なのかもしれないが
ここで書く意図がわからないな
8 名前::2010/05/09 19:15 ID:vHD5OlkhNc IP:221.29.172.149
wwwずいぶん難しい話をしているんですねぇ。自殺って自分を殺すことですよね?そんな難しい話いりませんよ
9 名前:1:2010/05/09 19:24 ID:F7iaJpCd7A IP:124.146.68.232
>>7
>ここで書く意図がわからないな

自殺した彼の遺言なんです。
感情は自身の固定観念にある事が分っていながら、
欝だからといって、感情の原因である固定観念を変えずに、
自分の体を殺す事で感情を終わらす道を選んだと。

もし、感情を生きながらコントロールする方向を選ぶ人がいるのなら、
役立てて欲しいと言っていました。

それで、私がここにコピペしたわけです。
しかし、このスレに関わる理由は何でもいいと思いますけどね。

>>8
>自殺って自分を殺すことですよね?

そうです

>そんな難しい話いりませんよ

いらないのなら、そのうち落ちるでしょうねw
10 名前:名無しさん:2010/05/09 20:50 ID:vHD5OlkhNc IP:221.29.172.149
落ちるというと?
11 名前:1:2010/05/10 06:56 ID:2y1yOiEut6 IP:124.146.68.232
>>10
過去ログ倉庫に落ちるという事ですね。
12 名前:名無しさん:2010/05/10 09:43 ID:P76ZiBBGxU IP:118.111.224.91
いや。
過去ログ倉庫は、レスが1000までいった人気スレだけが入れる倉庫。
ほとんどのスレは、レスがつかないままどんどん落ち(下にさがり)、
やがてトップページから消えて、膨大なスレッド一覧に埋もれていくのです。
13 名前:1:2010/05/10 10:14 ID:2y1yOiEut6 IP:124.146.68.232
>>12
なるほど。分りました。
14 名前:1:2010/05/11 17:47 ID:xdE.bH0Lmg IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 18:22:42 ID:W2xYE6rw0
虐めに関するよくある勘違い

その1「虐められる側にも原因がある」
"原因の追究"を途中で止めた時に陥る典型的な錯誤で、怠惰な親や教師の責任放棄の逃げ口上としてもしばしば使われる。虐められる側にあるのは、あっても「不快にさせる要因」であり「虐めの原因」ではない
虐めの原因は、虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐力、思いやり)の欠如、即ち「行為者の心(の狭さ)」である。相手の非を理由に己の行為を正当化する心の弱さ・貧しさこそ、唯一の「虐めの原因」である
被害者側に如何に酷い非や落ち度や欠陥や欠点があろうと、数ある選択肢の中から虐めることを選択しているのは行為者自身。行為者が虐め以外の対処さえすれば、虐めは起こらない
被行為者に己の行為の原因を転嫁するのは行為者の甘えでしかない。これはあらゆる犯罪や虐待、差別、嫌がらせ、更には思考(解釈、期待、信頼、妄想等)にも言える
以下は、上記を理解できない者に多い勘違い
@「いじめの原因」と「いじめ前後に起きた別の事象の原因」とを混同している
A「苛める理由・動機」を「苛められる原因」に摩り替えている
B理由(主観)と原因(客観)の区別が付いてない
C不快感の原因がそれを感じる者自身にあることを理解していない
D己の非(思いやりや想像力の欠如)に無自覚

その2「学校を何度変わっても虐められる。これは虐められる側に原因がある証拠だ」
この場合、本当の原因は「どの学校にも、多様な個性を受け入れられず自己表現の拙い未熟者がいる事」である。「多数派は正しい」という安直な誤謬を盲信してはならない

その3「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠だ」
この場合、本当の原因は「虐める側に虐める動機がなくなったこと」である。表面的な事象のみで理解したつもりになるのは、「祈ったら病気が治った。治ったのは祈ったことが原因だ」等と同類の思考停止である
15 名前:1:2010/05/11 17:47 ID:xdE.bH0Lmg IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 18:23:23 ID:W2xYE6rw0
その4「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であり、虐めは却って人間不信・社会憎悪を増しかねず逆効果。この場合、矯正すべきは「短絡的に虐めを肯定する者の人格」である(躾と称した虐待や体罰も同じ)

その5「弱いから虐められる。強くなればいい」「この世は弱肉強食」
論点のすり替えである。「強くなる」は一時的回避策としては必ずしも間違いとは言えないが、これによって「虐めの原因」が無くなる訳ではない
なお弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間でさえ相互扶助している例は幾らでもある。虐めは、己を脅かす存在を排除しようとする行為即ち免疫力・抵抗力・包容力の低さの現れであり、「弱者の証明」に他ならない

その6「相手に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」
不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自己責任。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様)

その7「虐めは本能」「虐めは必要悪」
本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。「誰かを虐めてないと死ぬ」という人間は実在しないので本能ではない。強いて言えば、虐めによって優越感という名の快感を得る仕組み・メカニズムが、本能である
またいじめは無くても全く誰も困らない(必要としない)ので必要悪ではない

その8「苛めは無くならない」
主張者が「無くし方を知らない」というだけである。確かにいつの時代も成長途中の人間は存在し得るが、感染症の病原菌等と同じで「理に適った正しい無くし方」を施せば確実に無くなる
また多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず無くなって(解決して)いる事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない

その9「いじめをしたら厳罰に処すればよい」
飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。日頃のストレスが背景にある事も多いので、非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである

その10「虐められる側を助けるべき」
緊急時はさておき、真に救うべきは”愛に飢え想像力が欠如した”虐める側。加害者を救えば被害者は自動的に救われる。被害者のみを救って満足するのは偽善である
16 名前:1:2010/05/11 17:48 ID:xdE.bH0Lmg IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 18:24:05 ID:W2xYE6rw0
その11「いじめを大人にチクるのは卑怯」
より多くの人とありのままの真実を情報共有化することは正しいことである。また自らの苦悩を第三者に告白することは勇気が要る。逆にプライドや見栄に拘って黙り通したり、保身から見て見ぬふりをしたり、陰でこそこそ嫌がらせをすることの方がよほど卑怯である

その12「親が悲しんだり先生が事を大きくするので、相談しない方がいい」
親が悲しむのは寧ろ自分が子供に頼りにされてないと分かった時であり、それを悲しまない親は親の資格がない。また事を大きくして欲しくなければ、相談した際にその旨をきちんと依頼すれば余程KYな大人でない限り配慮して貰える

その13「学校は虐めを隠そうとするので、先生を頼ってはいけない」
確かに学校は管理不行届を責められることを恐れ隠蔽したがるが、全ての先生がそのような保守的な考えを持っている訳ではない。例え相談した100人が全員頼りなくても、101人目が理解ある教師の可能性もある

その14「苛められたくらいで自殺する方が悪い」
この発言は「自殺したくなるほどの酷い虐めを受けた経験が無い者」や「出来事の背景にある諸事情や当事者の心境への想像力・思いやりが欠けた人生経験の浅い者」に多い
仮に客観的に大したいじめではなくても、自殺するということは少なくとも本人にとって余程の苦痛があったと見るべきで、他人が当事者の苦痛の度合いを分かるというのは傲慢である

その15「いじめ自殺の原因は自殺者本人にあるから、いじめた者に原因はない」
自殺に直接的関与が無くても「自殺するほどまで精神的に追い詰めた原因」はいじめた者にある。「いじめていなくても自殺した」事を証明できない限り、いじめた側に原因がないとは言えない
この手の発言者が勘違いしたまま成長すると、自分の行為を相手のせいにして反社会的な行動を正当化する可能性があるため注意を要する
17 名前:1:2010/05/11 17:48 ID:xdE.bH0Lmg IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 18:24:46 ID:W2xYE6rw0
その1の補足1「いじめられる側がいじめられたと感じて初めていじめが発生する(感じなければいじめではない)」
第三者が見て明らかにいじめであっても、被害者が鈍感だったり気付かなかったりすれば必ずしも「いじめられた」とは感じない。このように「当事者の認識の有無」は、「それがいじめであるかないか」を決める必要条件ではない
「虐待された乳児が虐待と認識しなければ虐待ではない」「事故で意識を失った被害者が事故にあったと認識しなければ、事故が発生したことにはならない」などという理屈が通用しないのと同じである

その1の補足2「殆どの場合どちらにも非があるのだから、虐めの原因は加害者・被害者の双方にある」
如何に非や欠陥や落ち度があってもそれは「いじめていい理由」にはならない。それを「いじめていい理由」にしているのはいじめる側である。つまり「いじめの原因」はその行為者である加害者にある

その1の補足3「性格が悪いからいじめられる。いじめる側を批判する前に自分の性格を直すべき」
正しくは「性格が悪いからいじめる」のである。いじめられる側を批判する前に自分の性格の悪さ(いじめに頼ってしまう心の弱さ)を直すべきである

その1の補足4「幾ら説得しても直らない場合は、苛め(られ)るのは仕方ない」
仕方なくはない。先ずはより説得力に長けた者等に相談すべきであり、もし説得の限りを尽くしても理解出来ない場合は相手の学習障害等、先天的脳疾患を疑うべきである
いずれにせよ「相手に理解力がない」は「いじめ(られ)て仕方ない理由」にはならない

その1の補足5「いじめられる人はいじめられる要素を持ってるからいじめられる」
正しくは「いじめる人がいじめる要素を持っているからいじめる」のである。何が「いじめられる要素」かは個人の主観に過ぎない。そもそも行為は能動態。受動態で表現すること自体が勘違いの元
この事は、貶す、馬鹿にする、軽蔑する、侮辱する、騙す、脅す、勘違いする、拒否する等の行為の他、愛する、慕う、尊敬する、感謝する、信頼する等にも言えることである。「何が行為する要素か」は、行為者自身が決めている
18 名前:1:2010/05/11 17:48 ID:xdE.bH0Lmg IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 22:56:14 ID:W2xYE6rw0
その1の補足6「いじめられても何も対処しないからいじめられ続ける。何も対処しない方が悪い」
被害者側が文字通り「何も対処しない」ということはあり得ず、個人が出来る範囲内でやれることをやっているものである。しかし誰しも能力には限界があるので、例えそれが功を奏しなくてもいじめられ続ける原因にはならない
実際には「加害者側がいじめ以外の対処法を選ばないからいじめ続ける」のである
「では加害者もまた能力の限界があるのだからいじめ続けるのは仕方ない」という主張には無理がある。何故なら、被害者が「現在していない行動をする必要がある」のに対し加害者側は「現在している行動を止めれば済む」からである
己の行為の尻拭いを被害者に強いるのは加害者の我儘でしかない

その1の補足7「泥棒に入られたのは鍵を掛けてなかったからだ。痴漢やレイプにあったのは隙があったからだ。同じようにいじめられたのは被害者にも落ち度がある」
「鍵を掛けて無い=自由に家宅侵入して良い」ではないし「露出が多い=痴漢レイプOK」ではない。同様に「抵抗しない(その他あらゆる要素)=いじめて良い」ではない。いずれも、被害者の個性や生活習慣を己に都合良く解釈している者に落ち度がある
19 名前:1:2010/05/11 17:49 ID:xdE.bH0Lmg IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 22:56:56 ID:W2xYE6rw0
「いじめられる側にも原因がある」と思っている人へ

いじめの原因は、ひとえに「いじめる側の心の未熟さ」である。いじめられた側にあるのは(仮にあっても)あくまでも「他人を不快にさせた原因」であり、「いじめられた原因」ではない
いじめられた側にどれほど非や落ち度があっても、「いじめていい理由」にならない。「いじめる側が不快感に我慢出来ずにいじめたこと」が、「いじめられた原因」であり、ひいては「いじめの原因」である
いじめるかいじめないかを決めているのは常にいじめる側。いじめる側がいじめという行為を選びさえしなければ、いじめは発生しない。つまりいじめの原因は常に100%「その選択をした(いじめ以外の選択をしなかった)いじめた側」にあるということになる

「いじめられる側にも原因がある」という勘違いは、「己の行いの原因を他人のせいにしても良い」と錯覚している人、つまり精神的に自立できてない人に多く見られる。精神的に成熟していないために、己の感情を相手に依存しているのである
こうした人は、「強くなればいい」「性格を直すべき」等と被害者側が変わることを要求したり、「躾の一貫だ」「言っても分からないのだから仕方ない」と正当化したがる
しかしこうした勘違いからくる言動は、子供たちに「誤ったメッセージ」を与えているということを肝に銘じるべきだろう
「いじめられる側にも原因がある」という見方の根本には、「いじめた側に上手く応対できない大人たちの無責任体質や事勿れ主義的発想」があると言える

「結果的にいじめが止むなら良いではないか」と思う人もいるかも知れない。しかし表面的で一時避難的な対処をした場合、加害者側はその後反省してコミュニケーション能力を磨き、より柔軟な対応ができるようになるだろうか
彼らがそこで自省しなければ、将来似たような場面で「相手に嫌がらせをすることでしか対処出来ない甘ったれた未熟な大人」になってしまう虞がないだろうか
20 名前:1:2010/05/11 17:49 ID:xdE.bH0Lmg IP:124.146.68.232
観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 22:57:38 ID:W2xYE6rw0
いじめにおいて真っ先に救うべきは「忍耐力と自己表現力と思いやりに欠けたいじめっ子」である。中には日頃から家や学校で何らかのストレスを受け、その為にいじめを止められない子供(いじめ依存症)もいる
事実、虐めっ子の多くが家庭で十分な愛を受けていない
そうしたいじめっ子を救えば、いじめられっ子は自動的に救われる。つまり緊急時を除き、いじめられっ子のみを救おうとする姿勢は、偽善的自己満足に過ぎない
但し、いじめっ子を登校させないという対処法もまた「いじめる側へどう対応して良いか分からない大人たち」の怠慢と逃げ口上の顕れであると言える

我々大人は、まず子供たちに対して、次の事を理屈できちんと教えるべきである
「どれほど気に入らない相手であっても、いじめという手段に頼らない」
「自分たちの説得力や許容力の無さを、相手の理解力や適応力の無さに転嫁しない」
「相手の弱みに付け込むのは、理由がどうあれ幼稚で卑屈な行為」
「己の快楽の為に相手に苦痛を与えるのは卑怯で卑劣」
「相手の事情や立場や気持ちを思いやり、個性を認め人権を尊重する」

いじめは、子供たちが「馬の合わない人との人間関係をどう上手く作り上げるか」を学ぶ貴重な機会。「嫌なことは嫌」と相手に伝え説得させる交渉力・意思疎通能力を磨き、協調性を育む、又とないチャンス

いじめを苦にした自殺が後を絶たない。子は親の鏡、子供社会の問題は大人社会の問題である
子供は誰でも、楽しく充実した学校生活を送る権利がある。子供たちの伸びやかで健やかな成長のために、何よりもまず我々大人が、いじめについてより正しい認識を持ち、対処法を学ぶ事が大切ではないだろうか
21 名前:名無しさん:2010/05/11 21:09 ID:GdXYsSbvBQ IP:118.111.232.93
>>14>>20
素晴らしいですね。ほぼ同意します。
ただ、虐める側の 虐めに至るまでの背景や家庭環境や心理状態を理解して、
その心の闇を取り払うべく 心を開かせ 説得・更生するのは、
かなり時間のかかる長い困難な道のりですね。
22 名前:1:2010/05/12 19:13 ID:io2cDW0U2I IP:124.146.68.232
>>21
>かなり時間のかかる長い困難な道のりですね。

まぁ、お互いに楽しみながらやってます。
23 名前::2010/05/18 17:07 ID:t8S7u5jih2 IP:124.146.119.43
少し自殺について思ったことを書かせていただきます。

先ず、自殺というのは手段ですよね。究極、自分自身を殺すという物の動きですから。
目的は概念なので、自殺は目的か手段かと聞かれたら手段と答えることだと思います。

そんなこと言ったら、脳内でしか目的になりえないのですが、
逆に言えば、何か目的を達成するために自分の知っている手段の中から選んだ結果、
それが自殺だったという事になると思います。

つまり、以上のような仮定が成立する場合。
脳内の問題を身体ごと消そうとしているのだと考えられます。

それと手段を知っているのとできる(心理的にも)のは違うというのもありますね。

また何か、思いついたら書いていこうと思います。
24 名前:1:2010/06/04 13:36 ID:gs1KN0qL/A IP:124.146.119.43
死刑制度によくある勘違い
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/game/46573/1273498488/1-7

一応、拡大自殺(死刑を目当てに重犯罪を犯す)があったので張っておきます。
25 名前:アレックス:2010/06/10 13:51 ID:wbu26JrVuI IP:218.251.73.98
死後の世界はありますか。
26 名前:ユエ:2010/06/10 16:27 ID:GN8Umvp6yU IP:211.13.36.65
信じる人にはあるんじゃない?
信じる者は救われるって言うし、そうでもなければやってられないんだろなぁ〜
死後の世界はあるっていうやつがいるから、宗教があるんじゃないの?
27 名前::2010/06/16 19:17 ID:lOe2sQRy9I IP:124.146.119.43
>>25
これは私への質問なのかな?

とりあえず答えておきますが、
死後の世界があるかどうかは私には分りませんね。
想像の域を出ていません。
28 名前:ユエ:2010/06/16 19:33 ID:iw5TmPXLgM IP:211.13.36.65
まぁ、誰にもわからないからねぇ〜出来ることは想像だけだし。
29 名前::2010/06/17 16:45 ID:Vi76AcOrP. IP:124.146.119.43
ありましたね。それ。
元ネタかどうかは分りませんが、漫画版の老荘思想書で似たようなのを読みました。
30 名前:拓也:2010/06/20 19:05 ID:FPvMvJXeY6 IP:210.143.246.55
何故、生きなければならないのかを、
考えるのは生きる「誓い」を立てていないから
私は生きます、と誓いを立てれば、もう死ぬことを考えない
南無阿弥陀仏
31 名前:はなっぺ:2010/06/22 20:44 ID:LAusanarm2 IP:116.0.198.214
しりとり参加お待ちしています
32 名前:アレックス:2010/06/25 00:37 ID:PIGixNb6Js IP:218.251.73.38
死後の世界があるのならみんな死んでますね。しかし現実的ではないので、、、、拓也さんの考えは参考になりますね。
[過去ログスレッド]
1179562245.html:
もう……死にたい。 (129)
1174709857.html:昔の恋人 (413)
1174063198.html:もう疲れたよ (134)
1178348273.html:心が死ぬと言うこと 人を殺したい (53)
1178876114.html:どうすればいいの? (578)
1178797232.html:過去に戻りたい (138)
1178345895.html:妻が浮気をしています。 (40)
1178789542.html:へとへとだあ (8)
1173104619.html:死にたい人が多いことが悲しい・・・ (30)
1178629276.html:今日うれしかった事 (1001)
1177858585.html:もう疲れた(1/2) (21)
1172887485.html:死にたいと思う事は、いけない事ですか? (230)
1174077115.html:睡眠薬「マイスリー(アンビエン)」に”奇行”の副作用 (130)
1171772548.html:借金…自殺…借金…自殺…借金… (242)
1170265000.html:神様はいるのでしょうか? (1000)
1179902105.html:千の風になりたい…… (32)
1160717966.html:死にたい(1/14) (1001)
1169789087.html:面倒臭い (52)
1166663187.html:男に生まれた時点で負け組み (12)
1167760334.html:結局みんな自分が大事 (7)
1166961233.html:お金かせめて容姿があれば・・ (28)
1166841430.html:こんにちは、加藤鯛三です。 (9)
1163306501.html:まったくもってひどい世の中だ。 (42)
1161095186.html:森田療法を試された方いますか? (10)
1161880239.html:顔ヤセしたい (25)
1167544688.html:親孝行 (23)
1164706940.html:「就職できない人は欠陥品」「ニート等になると人生台無し」…近畿大HP (58)
1165741007.html:生まれ変わり (23)
1162197783.html:自傷行為について (18)
1169805889.html:自立支援センター (2)
1163653278.html:移住したい (10)
1165731642.html:生きにくい世界ですが (9)
1160617383.html:依存症治す薬ありますか? (47)
1166759402.html:焦燥感 (12)
1160638963.html:生きて行くことの意味は (118)
1169886409.html:自殺サイトでのいじめ。 (171)
1169178717.html:自殺は遺伝するか (31)
1168177153.html:結婚しないと人生どうでもよくなってくる (124)
1166881120.html:自殺サイトの危険性 (158)
1164714578.html:自殺サイトの有用性 (104)
1166413811.html:「パキシル」など飲むと、自殺行動する危険高まる (183)
1163761203.html:どうせ裏切られるのにどうして信じなきゃいけないの? (616)
1166814143.html:死にたいと言われたら (387)
1166779507.html:自殺する勇気があれば…とか言う人いるけど (175)
1162282880.html:いじめ自殺 (428)
1164660799.html:自殺チャットに出入りしてる人に素朴な質問 (62)
1166748242.html:あなたにも当てはまる?自殺者に共通する10の傾向 (24)
1168280670.html:生活保護の受給と精神障害者年金の手続きについて (73)
1166683757.html:ストーカーです (17)

悩み相談掲示板死にたいあなたへ自殺防止イエローページ

(C)2chブラウザ対応掲示板 by toshinari
自殺掲示板ではありません - 嘆き掲示板